高齢化社会に伴い需要が拡大し続けている「入れ歯(義歯)」や「歯の被せ物」。これらを専門に製作する歯科技工の現場は、長年、熟練職人の経験と手技に頼るアナログな作業工程が中心でした。しかし、技工士の高齢化が進む一方で、若手の供給源となる県内唯一の専門学校が募集停止に追い込まれるなど、業界全体が深刻な「構造的人手不足」に直面しています。
こうした危機感を背景に、県内で約20名のスタッフを抱える倉繁歯科技工所は、鳥取県の「持続的な賃上げ・生産性向上支援補助金」を活用。3D CADソフトウェアおよび3Dプリンター(樹脂・金属)の導入と、東京科学大学病院(旧・東京医科歯科大学病院)での社員研修を実施しました。
手作業による膨大なタイムロスと手戻りを排除し、山陰エリアで先駆けて「公的保険適用の3Dプリント義歯」受託体制を確立。現場の労働環境改善と確実な賃上げを実現し、医療インプラントといった新領域へ挑む同社の取り組みに迫ります。

補助金申請のきっかけ:業界を襲う「技工士不足」と従来製法の限界
―― 補助金を申請する前、社内や業界全体で一番困っていた課題は何でしたか?
倉繁取締役:歯科技工士という職種自体が、いま非常に厳しい境遇にあります。業界全体の6割近くが50代以上と高齢化が進んでいるのですが、数年前に鳥取県内唯一の歯科技工専門学校が募集停止になってしまい、地元でプロの人材を育成・排出できない環境になってしまいました。
歯科医院の数は「コンビニより多い」と言われるほど高いニーズがあるにもかかわらず、作る側の技工士は減り続けるという「需給ギャップ」が年々開いてしまっているのが現状です。

―― 中でも特に「入れ歯」の製作現場で大きな負担があったそうですね。
倉繁取締役:はい。特に「入れ歯(義歯)」の製作は工程が非常に煩雑です。型取りされた石膏模型をもとに、人工の歯をワックス(ロウ)の台の上に1本ずつ手作業で並べていくのですが、熟練者でも1本並べるのに約5分、初心者だと15分以上かかります。全体を仕上げるには気の遠くなるような手作業と時間が必要で、まさに職人の経験と技術に依存しきった世界でした。「このまま手作業に頼っていては、将来的に地域の医療を支えきれなくなる」という強い焦りがありました。

―― 補助金を知り、挑戦された経緯を教えてください。
倉繁取締役:県庁の商工労働部の方と以前から交流があり、今回の「賃上げ補助金」をご紹介いただきました。ちょうど弊社でもスタッフの賃上げに取り組んでいる最中であり、「賃上げ」と「現場のデジタル化による生産性向上」をセットで推進できるこの制度は、まさに弊社が求めていた解決策でした。支援額の充実ぶりも大きな後押しとなりました。

設備導入でのエピソード:大学病院での研修と「3Dプリント義歯」の確立
―― 今回の補助金を活用して、どのような設備や取り組みを実施されましたか?
倉繁取締役:主に「3D CADソフトウェアの導入」「3Dプリンター機器の整備」、そして「東京科学大学病院(旧・東京医科歯科大学病院)での社員研修」を実施しました。
私を含め社員5名で東京科学大学へ赴き、実際にデジタル化を先行導入している大学病院の現場で、学術的背景から実技まで網羅した高度な講習を受講しました。帰社後は導入した3D CADと3Dプリンターを使い、パソコン画面上で歯並びを自動抽出し、微調整したデータを一括で3Dプリント造形する「デジタルデンチャー(3Dプリント義歯)」の技術を確立させました。


実際に導入された3Dプリンター(左)と3D CADソフト(右)
―― 導入によって、自社ならではの大きな強みが生まれたそうですね。
倉繁取締役:タイミング良く、昨年末から3Dプリント義歯が「公的保険適用」となりました。新しい技術のため対応できる技工所が全国的にもまだ少ない中、弊社は補助金を活用して先行して大学研修と設備投資を終えていたため、山陰両県で唯一「保険適用3Dプリント義歯」を受注・製作できる技工所となりました。現在、近隣他県の大学病院をはじめ地域の歯科医院様から厚い信頼を寄せていただいています。
導入の成果と社内変化:再作製(やり直し)の激減と賃上げの実現
―― デジタル化によって、現場の業務や品質にはどのような変化がありましたか?
倉繁取締役:従来の石膏やワックスを用いた手作業では、材料の収縮やわずかな手技のズレによる「適合不良・やり直し(手戻り)」がどうしても発生していました。しかし、CAD/CAMによるデジタル造形では噛み合わせの位置関係が高精度に再現されるため、歯科医院からの「調整の手間」や「再作製」のリスクが劇的に減りました。


技工所内は従来の手作業で製作するエリアと3D CADを用いたエリア、両方で作業が行われている
―― 賃上げの実施と、従業員の皆様のモチベーションはいかがですか?
倉繁取締役:補助金の要件に沿ってしっかりと賃上げを実施しました。昇給直後は「社内のテンションが上がった」のを感じました(笑)。
新しい技術の導入当初は全社員で試行錯誤と苦労の連続でしたが、それを乗り越えたことで自社技術への絶対的な自信が生まれました。「熟練の勘」だけに頼らず、若いスタッフでも高精度な技工物を扱える体制が整ったことで、将来に対する不安が解消され、生き生きと仕事に取り組める環境へと変化しています。
これからのビジョン:医療を超え、金属3Dプリンターで「宇宙・先端産業」へ
―― 今後の展望や、5年後・10年後のビジョンをお聞かせください。
倉繁取締役:1つは地元での雇用維持と次世代の育成です。県外の専門学校へ進学した若者たちが「鳥取に戻って働きたい」と思えるよう、県や歯科医師会と連携した職業体験会などを通じて魅力的な職場環境を発信し、魅力ある給与水準を維持していきます。
そしてもう1つが、「他業種・先端産業への参入」という大きな挑戦です。弊社が所有する「金属3Dプリンター」の積層造形技術を活用し、整形外科向けの医療用インプラントや手術用器具の作製、さらには大学との共同研究を通じた新技術開発にも取り組んでいます。
特殊部品加工などにも参画した実績があります。将来的に鳥取県が目指す「県立高専の設置」や「宇宙産業」の基盤技術として、弊社の金属3Dプリント技術を役立てたい――歯科技工所の枠を超え、鳥取から世界、そして宇宙へ繋がるモノづくりを目指しています。

金属3Dプリント技術を活用し、特殊部品加工などにも参画
県内の経営者へメッセージ
―― 最後に、設備投資や賃上げに踏み切れずにいる県内の経営者へメッセージをお願いします。
倉繁取締役:設備投資や賃上げに対して『タイミングを見極めよう』『もう少し状況が落ち着いてから』と考えがちですが、物価高や人手不足が加速する今、待っていても理想的なタイミングなど永遠に訪れません。
『借りられる資金があるなら今すぐ借りて、一刻も早く設備投資と賃上げに踏み切る』――これが競合他社に先駆けた差別化を生み出す唯一の方法です。投資を先送りにしてジリ貧になるくらいなら、補助金をフル活用して現場の体質を劇的に変えるリスクを取るべきです。一歩踏み出せば、想像以上の新しい景色と可能性が広がりますよ!


