1903年(明治36年)の創業以来、120年以上にわたって鳥取県の地元住民に愛され続けている老舗ベーカリーの亀井堂。ご当地パンとして全国のファンやライダーの間でも絶大な人気を誇る「マイフライ」をはじめ、数々のヒット商品を世に送り出してきました。
しかし、長年稼働を続けてきた工場の設備老朽化や、近年の原材料費・エネルギー価格の高騰、深刻な人手不足といった課題は同社の大きな壁となっていました。
そうした中、同社は鳥取県の「持続的な賃上げ・生産性向上支援補助金」を活用。工場のライン集約と最新の冷凍・冷蔵設備を導入することで、業務の効率化を達成。取り組みの背景や施工時の苦労、今後の展望について詳しくお話を伺いました。

補助金申請のきっかけ:設備老朽化と大ヒットに伴う課題解決へ
―― 補助金を申請する前、社内で一番困っていた課題は何でしたか?
地原社長:一番の課題は、長年使い続けてきた冷凍・冷蔵設備の老朽化でした。ちょうど設備の更新時期を迎えていたことに加え、ありがたいことに看板商品である「マイフライ」が再び大ヒットし、急ピッチでの増産体制構築が迫られていました。
当時の工場内では、あっちの建物で生地を作り、こっちで揚げて、別の場所に材料を取りに行って、またあっちで包装する……といったように、作業工程ごとにスタッフが工場内外を行き来していました。この移動にかかるロス時間が非常に大きく、「どうすれば現場の動線を短縮し、作業効率を上げられるか」が経営上の大きなテーマでした。

―― この補助金はどのようなきっかけで知り、なぜ選ばれたのでしょうか?
地原社長:県の広報やチラシでこの補助金の存在を知りました。実は元々、現在の工場内の課題を解決するために設備投資計画を立てており、賃上げについても数年前から自主的に取り組んでいました。数字的な条件はすでにクリアできている自負があったため、「まさに自社の今の取り組みと完璧に合致する補助金だ」と感じ、申請を決意しました。
申請にあたっては、以前「ものづくり補助金」でお世話になった中小企業診断士の先生にご相談し、アドバイスをいただきながら計画書を作成していきました。郵送よりもスピーディーな電子申請を活用し、年末の忙しい時期でしたがスムーズに手続きを進めることができました。

設備導入でのエピソード:工場を止めない「稼働しながらの施工」と動線改善
―― 今回の補助金を活用して、具体的にどのような設備更新を行いましたか?
地原社長:冷凍・冷蔵設備の更新と、製造工程の「集約」を行いました。
これまではバラバラだった作業エリアを本社工場内に集約させ、移動距離を最小限に抑える配置に変更しました。フライヤーのすぐそばに当日使う冷凍庫を置き、揚げ終わったら目と鼻の先にある包装部屋へすぐに搬入できるレイアウトへ全面的に見直しました。


集約された作業エリアと新規で導入した冷蔵・冷凍設備
―― 導入や工事の過程で、特に苦労された点や工夫した点はありますか?
地原社長:一番苦労したのは「工場を絶対に止めないこと」でした。日々の出荷を止めるわけにはいかないため、工場を通常稼働させながら工事を進める必要があったのです。そのため、日中の製造業務がすべて終わってから施工業者に入ってもらったり、工場の定休日である土曜日を有効活用したりと調整を重ねました。
また、食品工場ですので、工事による粉塵やゴミが現場に一切混入しないよう、厳しい養生チェックを徹底しました。納期(報告期限)も年内と非常にタイトだったため、施工業者さんとの連携とスケジュール管理には細心の注意を払い、無事に完了させることができました。

―― 新しい設備が入ったことで、現場の動きや生産力はどう変わりましたか?
地原社長:現場の動きは圧倒的にラクになりました。材料を取りに行く移動時間が減った分、スタッフが本質的な作業に集中できるようになっています。
生産能力も飛躍的に向上しました。以前と比べて日々の製造量が100〜200個以上増加し、現在では平日で500〜600個、土日には1,000〜1,200個もの出荷をスムーズにこなせる体制が整っています。作業効率化によって生まれた時間は、さらなる品質向上や現場の安全確保に活かされています。


導入の成果と「賃上げ」への還元でブランド価値向上を目指す
―― 原材料費やコスト高騰が続くなかでの「価格転嫁」や経営面での工夫について教えてください。
地原社長:包装資材や原材料、電気・ガスといったエネルギー価格が30%近く高騰し、人件費も上昇する厳しい環境が続いています。お客様にできる限りご迷惑をおかけしないよう、自社で吸収できる限界まで企業努力を重ねてきました。
同時に、単なる値上げではなく商品の「価値を高める取り組み」を行っています。例えば、イベント限定で特別な「カスタードクリーム味」のマイフライを100個限定で投入する工夫です。普段は作らない限定商品を出すことで希少価値が生まれ、イベント時には遠方からも多くのお客様が集まり、即完売するほどの大きな反響をいただいています。

―― 賃上げを実施された後、社内の雰囲気や従業員のモチベーションに変化はありましたか?
地原社長:社員からは直に「ありがとうございます」と感謝の声が届き、会社への信頼感や日々の作業へのモチベーション向上につながっていると実感しています。少人数で現場を回しているからこそ、一人ひとりの努力や成果に対してしっかりと給与で応えることが、定着率や組織の活力向上に不可欠だと考えています。

これからのビジョン:地域に愛され続ける「街のパン屋」として
―― 鳥取県(地元)で事業を続け、賃上げを行っていくことへの思いを教えてください。
地原社長:創業から120年以上、私たちは鳥取の皆様に支えられて事業を続けてくることができました。むやみな県外進出や無理な規模拡大は考えていません。地元・鳥取にしっかりと根を張り、「地域に愛され続けるパン屋」であり続けることが私たちの誇りであり使命です。
また、非常にありがたいことに、ファンの皆様がSNS等で「マイフライ」と愛車(バイク)の写真を投稿・拡散してくださるなど、今や全国にファンコミュニティが広がっています。今年5月末には当社の駐車場で、「亀井堂バイクミーティング」が開催され、全国から50〜60台ものバイクが集まりました。お客様自らが商品の価値を高めて発信してくださる温かい広がりに、心から感謝しています。
県内の経営者へのメッセージ
―― 最後に、設備投資や賃上げに踏み切れずにいる県内の経営者へメッセージをお願いします。
地原社長:設備投資や賃上げに対して一人で悩む前に、まずは信頼できる専門家や県の相談窓口に気楽に相談してみることを強くおすすめします。自分だけで考えていると見えなかった解決策や、自社の強みに気づくことができます。
身近な中小企業診断士の先生や担当者の方に思いをぶつけることで、申請書類の組み立てやクリアすべき基準が見えてきます。一歩踏み出し、現場の生産性を上げて働く環境を整えることが、結果として社員の笑顔と企業の成長につながるはずです。


